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お勧めの一冊No.17 [お勧めの1冊]

 共生経済が始まる 世界恐慌を生き抜く道 (単行本)
 内橋 克人 (著)

単行本: 247ページ
出版社: 朝日新聞出版 (2009/3/19)
ISBN-10: 4022505400
ISBN-13: 978-4022505408
発売日: 2009/3/19
商品の寸法: 19 x 12.8 x 2.6 cm

 

 テレビでは毎日のようにニュースや討論番組で、日本の経済について、えらい評論家と称される方々が、口から泡を飛ばさんばかりに、ケンケンガクガク、取っ組み合いの喧嘩にならんばかりの大議論を行っている。住人も「たけしのTVXX」や「たかじんのXX委員会」などよく見るし面白いと思っている。
TV局がおてがるに視聴率を稼ぐにはもってこいなのかもしれない。
しかし、もう何年も議論を続けているが毎回結論は出ずにあいまいなまま番組が終わる。 一向に出口が見えてこない。(「評論家先生諸氏の中ではおそらくエンドポイントは見えているのであろうが、言ってしまうと、自分の商売が終わってしまうので、あえて言わないのではないか」と思える。)

議論はらせん状に回っていて、終わることはない。

2496787山口市清水時

 

 住人の軽い脳みそでは、国家の経営も家計と同じである。ある「日本家」という家庭に例えれば単純明快である。

 お父さん(外需産業企業)が「日本家」の収入のほとんどを稼いでいる。昔は羽振りがよく、家庭内に経済的問題はほとんど生じなかった。家族みんなが夢を追っていた。
しかし、近年の不況で、お父さんの給料がめっきり減ってしまった。
 お父さんは近所でも勤勉で通っていたし、一生懸命働いているのだが、会社の営業成績が思わしくない。理由は、お父さんの業種に、「中国家」だの他の家の人がどんどん参入してきて、安い値段で商品を販売しているからである。「日本家」の家族すら、他家の安い商品をお父さんお給料からお金を出して買うので、お父さんの会社はますます不況である。「日本家」には売るものが労働力しかないので、他家の者が安い賃金で働けば、とたんに仕事がなくなるのである。しかも最近、他家の子息は猛烈な勢いで勉強しており、「日本家」は能力的にも負けつつある。

お母さん(大蔵省を代表とするお上)はお父さんの収入からそれぞれ家族のためにお金や食事を配分する役目である。
日本家は昔はほとんど自給自足だった(古来、銀や海産物を輸出することはあっても、輸入品が途絶えたので、日本人の死活問題になったという商品はない。一時的に飢饉などはあったが、豊かで穏やかな風土である)が、今ではほとんどお父さんの給料から食費をはじめ生活費が出ている。
 このところ病気がちのお婆ちゃんの面倒もお父さんの給料から出ている。
長男はこの不況でリストラにあい、親に食べさせてもらっている。
長女は家事手伝い(内需産業)をしている。昔ほどブランド品をほしがらなくなったが、携帯の通信料や、洋服代は結構馬鹿にならない。
 家のセキュリティー(防衛)も近所付き合い(外交)も「日本家」は一応周囲からは「金持ち」でとおっているので、そこそこしないといけない。
末弟は「日本家」のなかで、学業優秀で、将来の日本家を背負って立つべく期待されているが、教育費が高いのが、お母さんの悩みの種である。
お母さんも昔は結構へそくり(埋蔵金)を持っていたが、家族にばれてしまい、挙句にみんなの老後のたくわえ(年金)の使い込みまでばれてしまい、家族から最近は冷たい目で見られている。

 昔は針仕事から洗濯、簡単な大工仕事は家庭内でしていたし、野菜など自分の家で作っていたので、あまりお金を使わずにすんでいたのだが、これらのことも、お金を出して近隣の家にやってもらっている。(日本企業の海外移転と外国資本の流入)最近隣家の作った餃子を安く買ったが、お腹をこわしてひどい目になったばかりである。

そんな日本家の生活のレベルを維持するために借金(国債)をしているが、その金利の支払が家計をさらに圧迫している。
そんな状況なのに、それぞれがめいめい権利を主張してお母さんの財布を狙っている。お母さんはへそくりを出そうとはしない。

こう考えると現在の日本の状況を理解しやすいのではないだろうか。

現時点での議論の要は所得再配分だか、これは体のよい所得の「ぶんどりあい」であって、根本的問題解決にはならない。病気がちなお婆ちゃんに回すか、これから金を稼ぐであろう末弟に投資して教育費に当てるか。確かに悩ましい問題ではある。

しかし、本筋はいかに「可処分所得をあげるか」といかに「支出を減らすか」とあとは分相応の生活レベルに落とすことしかない。

お兄ちゃんは職探し(外貨稼ぎ)の努力をすべきだし、おばあちゃんだって洗濯してアイロンかける位は昔やっていた。おじいちゃんも棚の修理くらいなら簡単に出来る。家族がお金を使わなくてよいように出来る範囲で、協力すべきであろう。今あるものを大切にすること(リサイクル)も資源が少なく、裕福ではない「日本家」ではお金を使わない重要なことである。(これほど短いスパンで家を建て替えるのは日本くらいではないだろうか。富が蓄積されていない。)

びんぼーな時は 自分の家で出来ることはできるだけ自家製にしてお金を使わないことが一番であろう。ない袖は振らないことである。他の家の商品が仮に安くても、自分の家で出来ることは自分の家でやるべきである。そうすれば長男にも仕事(内需)が生まれるだろう。歌舞音曲を避け、みんなで「びんぼー生活」を楽しめばよいことである。(輸入に頼らず国内で出来ることは国内で行う)

ただし、家族で死にそうな人や本当に困っている人を見殺しにするようなことは 我が「日本家」ではあってはならないことであろう。

そしてそのために一番大切なことは「家族の絆」なのだが、「日本家」にこの「キズナ」が薄れてきて、お互い疑心暗鬼で何かギスギスしていることが非常に問題である。

前置きが長くなったが、本書では、

第1部は今回の金融危機が、本来何の因果もないはずの私達の社会になぜかくも大きな被害がもたらされているのか、
いくら働いても日本人が豊かになれない仕組みについて解説している。

第2部はNHK教育テレビでの「人間講座ー「共生経済」が始まる」を再録
暴走する「マネー資本主義」の行き着く先への警鐘を鳴らしている。

第3部は筆者が客員論説委員をつとめる神戸新聞に掲載された「指針21」など、メディアでの発言を収録している。

これらの文中で、
「グローバリズムは世界を本当に豊かにしたのか」という問いかけのもと、
ポスト市場原理主義の展望を
「市場が主語でなく、人間が主語となるような人間主体経済」への変換を説く。

まず地域コミュニティーの中で、経済、エネルギーが回っているか、
その次が日本国内で同じように自主独立しているか
そのためには
まず地域の 連帯・参加・共同という住民の意識が大切である。
また、
自覚的消費者と称して日本にも賢い消費者が育つ必要性を解いている。

現在までに起きた事実関係を整理し、今後どうすればよいかを考えるための好著だと思います。

例えば
アメリカの現行制度では無保険、不十分保険者合わせて人口の40%以上が「万が一の不安」にさらされている。

日本の企業の数でいえば90%以上、雇用でいえばほぼ80%が中小企業である
バブル崩壊直後の90年代初め、完全失業者は134万人だったが、ほぼ2倍半急増して、500万人を超えるのは間近い
総人口の1%が純資産1億円以上の富裕層だが、生活保護を受けている世帯はこの10年で6割以上も増え、100万世帯を超えた・・・
当等

この変革は明治維新に近いものであろうと思うのだが、筆者の論じるような方向で、突き進む気運というか覚悟が 現在の国民には幕末のヒトほど熟成されていないように住人は思う。

>>>円高還元セールとエコロジー

 


タグ: 経済
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